sunawachi.com「レザー・コラム」

レザーにまつわるあれこれを不定期で書く、sunawachi.comのコラム

「なんだか特異な店」

スナワチの店舗が、大阪は本町にできました。

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オンラインストアとして2015年に発足したスナワチですが、レザーという製品の特性から、実際に見て、触って、嗅いでいただくという必要性は常に感じておりました。
そのため、POP-UPストアとして、これまで東京、大阪、京都、博多で期間限定のイベントを行なってきたのですが、そこでレザー製品に触れたお客さんたちの表情を見て、これはがんばって店をつくるしかないな、と意を決したわけです。

その計画をBig Mouse Jimmy後藤さんにお話ししたところ、「一緒にやりたい」と言うので、彼を大分県由布市から大阪に呼び寄せて、店舗内にアトリエを併設することにしました。

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「こんな店にしよう」という構想は明確にあったのですが、これにはモデルがあります。
アメリカはポートランドの郊外に「ラングリッツ・レザース」という、モーターサイクリストには世界的に有名な革ジャンブランドの本店兼工房があります。手作業のため、日産6着しかできないという頑固なイメージを持つ、厳めしい革ジャン屋です。
私は友人たちと5年前にアメリカを旅行した際に、この店に行ったことがあります。
ほぼ住宅街にあるようなロケーションで、ショウウィンドウがあるわけでもない店構えは一見、雑貨店かなにかと見間違えそうです。

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私は友人たちと中に入るのを一瞬躊躇したほどです。だって、店の中に、ヒゲ面のバイカーとか、革ジャンを着たでっかいアメリカ人のおっさんたちがたむろしていて、ジロッと睨まれたりしたら、めちゃくちゃいづらいじゃないですか。

勇気を出して足を踏み入れると、ショーン・ペンのような容貌の、髪の毛をオールバックに撫でつけた男性が迎えてくれました。腕はタトゥーで覆われています。

「コーヒーかコーラ、いるかい?」
いきなり訊かれて私は面食らいました。やっとのことで、「え、えーと、コーヒー」と答えると、彼はマグカップに入れたコーヒーを出してきました。もうひとり、年配の男性店員がそこにはいました。もしかしたらオウナーかもしれません。
「そっちが新品で、ここらへんが中古。あっちは女性モノ。ゆっくり見てってくれ」

店内には革ジャンがひしめくように展示されています。私たちはあーでもないこーでもない、いえ、あれもいい、これもカッコいい……と、興奮しながら試着しました。
結局、私はレザーヴェストを、友人の大谷さん(仮名)は革ジャンを購入しました。会計の時に大谷さんが言いました。
「『僕は18才の頃から、ラングリッツに憧れていました。今日、ここに来られてとてもうれしいです』と、前田さん(私)、英語で伝えてください!」

オッケー。私がその通りに伝えますと、ショーン・ペンと、もうひとりの男性は、笑顔を見せ、「そうかそうか」と、店の奥からひと掴みのラングリッツ・ステッカーの束を出して、私たちにくれました。それから、アメリカンサイズのレザー・メンテ用クリームも。
クリームなんて少量ずつしか使いませんから、それは今でも我が家にたっぷり残っています。

とても素敵な経験でした。私たちにとっては、海外旅行という非日常であったことも事実ですが、彼らのあの、お客との距離感や、ごく自然に「コーヒーかコーラいるかい?」と尋ねる気さくな態度。カッコよかった……。

「オレも自分の店を持つならあんなふうにやりたい」と、現実に店を持つなんて夢にも思わない、当時ただの電通社員だった私は思いました。

「今から5年前の自分を思い出してみてください。今のあなたは、当時思い描いていた場所にいますか? ちがうでしょう? ということはつまり、5年あれば、人生はいかようにも動くということなんです」

私のアメリカでの大学時代に、教授が学生たちを激励して言った言葉です。5年あれば、人生は想像もつかないようなことになっている。この先のメッセージは人によってさまざまに解釈も可能です。
だから、流れに身を任せて、努力なんかしなくてもいい。
だから、少しずつたどり着きたい場所へ近づこう。
だから、先の心配なんかしないで、好きなことを追求してみよう。

私は、今日、昼間に店を訪ねてくださった新しい友人にコーヒーを淹れました。
彼は「楽しい時間をありがとうございました。今、すごく嬉しい……」
と、ツイッターに喜びの声を書き込んでくれました。

いえいえ、私と後藤さんの方こそ、すごくすごく、嬉しいですよ。

スナワチ大阪ストアは、日本の小さなレザーブランドを扱うお店で、特別なレザー製品しか置きません。有名ブランドはありませんので、特別な人にしかこの良さはわからないでしょう。
取り扱いブランドのひとつであるBMJ後藤さんは、ここでさまざまなオーダーや要望にもお応えします。
ラングリッツのような名店になれるかどうかはわかりませんが、レザーファンにとって特別な場所、他には見かけないなんだか特異な店、にはなりたいと思っています。

スナワチ大阪ストア
大阪市西区阿波座1丁目2-2
(大阪メトロ「本町駅」出口21よりすぐ)

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「結婚もレザーも、メンテ次第で一生もちます」

友人の結婚祝いには、キッチン用品とかペアのグラスなどの食器、お酒、タオルなど、さまざまな品物が考えられますが、私(スナワチ代表の前田)は、この仕事をはじめる十数年前から、レザーのカバンを贈ってきました。
財布は人それぞれの好みや、コインは別に持ちたいとかカードをたくさん入れたいとか用途のバラつきが大きいのですが、カバンならまぁ、オケージョンによって使ってもらえることもあるかな、と。

渡す際にはいつも、カバンにメッセージを付けます。
「レザーのカバンも、結婚生活も、メンテ次第で一生もちます」

私にはアメリカに友人がいまして、ケンタッキーに住むロブという男です。
彼との出会いは不思議なもので、私がケンタッキーの大学寮に住んでいた90年代、そこにいた2年間のうち、最後の学期になるまで話したことはありませんでした。
自転車好きのデカいやつが、私の部屋の斜め向かいに住んでいることは知っていたのですが、いわゆる「Jock(体育会系バカ)」っぽい男だと思って、すすんで話すことはなかったのです。

ある時、共用のキッチンで私が料理をしている時に、バターがないことに気づき、すぐそばの彼の部屋をノックしました。
「なぁ、バター持ってないか?」
と、私は訊いたのですが、butterの発音が悪くて、彼は一度部屋に引っ込むと、自転車用のボトル(bottle)を持って出てきました。
「あ、いや、ちがうんだ。バター、バラー、えーと、料理用のグリースだ」
「ああぁ、わかった。オーケー」

それで私たちは知り合い、ひんぱんに話すようになりました。話してみると、彼は思慮深い、いい男でした。当時はよくモテましたし。

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フットボールの投げ方を教えてくれたのも彼でした。回転をかけて投げると、驚くほど遠くへ飛ぶのが楽しくて、よく寮の庭でキャッチボールをしました。
ある時、寮の仲間たちとホットチキンウィングを食べに行って、一番の激辛を注文したところ、辛すぎて夜眠れなくなりました。
彼も同様だったみたいで、明け方までまたキャッチボールをしたものです。

私が卒業して帰国する時はさびしかったですが、その後も何度もケンタッキーを訪ねて、彼に会いに行きました。この20年で6回か7回ほども行っているでしょうか……。

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彼が結婚した時には、日本製のレザー・トートを贈りました。
もちろん例のメッセージを添えて。

トートバッグというのは、アメリカ人男性からすると、やや女っぽいイメージがあるようで、「俺が使っても大丈夫か?」と心配そうに言っていました。
一男一女に恵まれたにもかかわらず、残念なことに、数年後、彼は離婚してしまいました。アメリカ人らしいと言ってしまえばそうなのですが、どちらかが、もしくは双方が「メンテ」を怠ってしまったのでしょう。
レザーだって、カビも生えれば、ヒビが入ってしまうこともあります。

当時の奥さんと離婚訴訟になった時には、大阪で会社員をしていた私の携帯電話に突然国際電話があり、私は何事かと慌てました。
彼は子供の心配ばかりしていました。かなりキツイ訴訟だったようで、
「いったん心を鎮めるために、日本でにも息抜きに来たらどうだ」
と提案した私に、父親としてちゃんと能力を持っていることを証明しなくてはいけないから、ここを離れることはできないと言いました。

彼は、まだ日本に来たことはありませんし、アメリカ人の多くがそうであるように、外国へ行ったことはありません。あ、カナダは外国にカウントしませんので悪しからず。


ロブはいまは再婚して、お互いの連れ子と大きな家族として、ケンタッキーで暮らしています。体重が20キロほども増えて、あの頃とは別人のようですが。
ちゃんとたまにはメンテはしているだろうか。オレも人のことは言えねえけどさ……。

いつか、あのカバンを手に日本を訪れてくれることを、私は楽しみに待っています。

 

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サラリーマンにはできない仕事

スナワチPop-upストア博多、無事に終了しました。足を運んでくださった方々へ御礼申し上げます。

Pop-upストアをやると、弊社で取り扱う各ブランドが一覧できて、私はもちろん、立ち寄ってくれるブランドの方にも他社が手掛けるレザー製品を見られて興味深いみたいです。

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昨年、大阪でやった時にはKIGO内山さんが見えて、Tochcaの製品に「ほえぇぇ」と感心されていましたし、今回はBig Mouse Jimmy後藤さんが大分県から、Tochca天崎さんが広島県から来てくれました。天崎さんはm.rippleの製品をシゲシゲと眺めて、「この素材で、この手間だったら、割安ですねぇ……」と。
クラフツマン同士、モノを手に取ればいろいろなことがわかるようです。

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その晩、天崎さんと飲んでお話しして気付いたことを書き止めておこうと思います。

スナワチは、ひとり、ないし少人数で運営されるレザーのファクトリー・ブランドを取り扱っていますが、どのブランドも直截に言えば、「サラリーマンにはできない仕事」をしています。
どういうことか。

企業に所属してモノづくりに携わる場合、たとえば
・複雑な技術がいる工程を簡素化する
・見た目にあまり差異がないなら素材の質を落とす
・部位や個体による革の個性を、均一化する処理をする
といったことは普通に行われることです。

なぜなら、それらは「会社のためになること」だからです。
実際、KIGO内山さんも「大手メイカーは品質・価格ともに最低限のものしか職人に依頼しなくなってしまった」「日本製のカバンがこんなことでいいのか」という気持ちからKIGOを発足させたといいます。
コスト削減や工程を減らす努力をすることは、会社の利益を最大化することであって、それは企業にとっては善です。そして、会社にとっていいことをするのは、働き手であるその人にとっていいこと(評価されるポイント)です。

ところが、レベルの高い小規模ブランドなら、上記のそれらはしません。むしろ、腕の見せどころであったり、デザインや使用感の上で必須なことであったり、革でつくる意味を優先するなら避けられないところだったりします。
そこから逃げずに、不安定な収入と厳しい競争に立ち向かって、本当にいいモノを追い求めないのなら、彼らが一人とか少数精鋭でやる意味はないのです。

もちろん、その分のコストや技術料は価格に正直に反映されます。しかし、それに見合う価値がちゃんとそこにあると信じているから、彼らも私も正当な対価はいただき、つぎの仕事につぎ込みます。
本当にいいモノの価値を届け続けることが、私たちにとっての善だからです。

私(スナワチ代表の前田将多)は自分もサラリーマン出身ですから、組織にしかできない仕事があることも知っています。
それでも、社会が「いいモノを安く」「もっと安く」に驀進してきた結果が、「働いても働いても余裕がない」と、多くの人が疲弊と徒労感を感じる今日の在りようです。

私としては、世の中にはあらゆる志向があっていいし、それが当然だと考えます。
とにかく安いモノがいい人、有名なブランドがいい人、人とかぶらないモノがいい人などなど。その中でも、いいモノへの自分の価値基準を持っている人がこちらを向いてくれるように、スナワチはやっていきたいと思いを新たにしました。
マーケティングや、表層的なブランディングに惑わされないレザーファンからの評価を、少しずつ得ていきたいと思います。少しずつ……

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クリエーティブ・ディレクターの役割

弊社スナワチは、日本の小さなレザーブランドを厳選して取扱うオンラインストアです。

スナワチ自体も小さな会社ですが、おかげさまで顧客満足度は高く、お買い上げくださった方々には大変喜んでいただけております。そういう特別なレザー製品だけを扱っていきたいと考えています。

少しずつブランドを増やしていきたいなぁと、カバンや財布には気を配ってあちこち見に行くようにしているのですが、「これは!」と思えるレザーブランドにはなかなか出合えません。
取扱い製品の選定基準は以前にも書きましたが、いいモノは、まず見た瞬間の顔つきでこちらに語りかけてくるものがあるのです。
「俺を見ろ」
「そこらのモノと俺はちがうぞ」
そんなふうに図々しく主張してくるような気がします。それも奇をてらった風貌で不快感とセットの注目を集めるのではなく、低い声で、静かに「コレだろ」と耳打ちするように私を振り向かせます。

そうしてくるモノと、してこないモノは何がちがうのか、考えてみたところ、それは個人の思考が反映されているかどうかである、と一旦結論づけました。
私の好き嫌いはもちろんありましょうが、作り手の考えがオーラのように製品を包み込んでいるのです。

それは多数決やデータの数値で決まるマーケティングではできないことです。あくまでも個人による美的感覚がかたちづくる結実のような気がします。

日本企業の多くの製品に、少なくとも私がそれを感じることができない理由は、クリエーティブ・ディレクターの不在です。みんなで物事をなんとなく決めてしまうからです。

おそらく製品開発の部署にデザイナーが何人かいて、それぞれがいいと思うモノを企画します。そして、責任者はクリエーティブの最終責任者としてではなく、単に部署の管理者としてそこにいるため、たとえば「これは彼にしてはいい製品だと思う」「彼女のいいところが発揮されている」という個別の判断でGOを出してしまう。
さらには、「これは最近の流行にマッチしている」「売れている○○の製品によく似ている」という理由でOKしてしまう。

挙句の果てに、販売する部署や経営層のフィルターを通すことによって、突出したところ、思い切った部分は丸められ、薄められ、世に出ます。
工業製品の多くはこうしてつくられるから、おもしろくない。

クリエーティブ・ディレクター(CD)の仕事というのは、嫌われ役を買って出ることでもあります。部下のデザイナーひとりひとりの「彼にしては…」は一旦いらないのです。CD自身が描く構想にどれだけ近いか、のみで判断するべきなのです。

デザイナー個人の個性ではなく、CDの個性。それは言い換えれば独断です。
部下にとってはツライ状況かもしれませんが、だからこそCDとの信頼関係がなければ成り立ちませんし、CDは正しい判断をし続けないと信頼は保てません。

ある意味での強権を振るわないといい顔つきの製品はできないものです。もしくは、ハナから一人で設計されなくてはなかなか難しいです。特に、ジョブ・ディスクリプションがなくて、衝突を好まない日本人にはなおのことです。ジョブ・ディスクリプションというのは、「この会社でのあなたの仕事は、○○に責任を持ち、○○をすることです」と業務と責任の範囲を明確にする契約書みたいなものです。

まぁ、私もよその会社の内情は想像でしかありませんが、少なくとも、弊社が取り扱うKIGOは内山さんが、BEERBELLYは若井さんと小山さんが、m.rippleは村上さんが、Tochcaは天崎さん夫妻が、Big Mouse Jimmyは後藤さんが、考えて、設計して、つくっています。
こういうブランドをまた増やしていきたいですが、なかなか……で冒頭に戻ります。

さて、Pop-upストア博多のため、出発しなくてはなりません。

いい顔つきをしたレザー製品を見たいと思ったら、是非お越しくださいませ。

 

2018年3月2日(金)~4日(日)
連日11AM‐7PM(最終日は5PMまで)
ギャラリー・エンラセにて 福岡市中央区大名1丁目2-9

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レザーのにおい

2018年2月某日、sunawachi.com でも取り扱う、東大阪のファクトリーブランドKIGOの内山さんとタンナー、X社を訪ねました。KIGOの代表的製品であるブルハイドを鞣すX社と打合せをするというので、私(スナワチ前田)も同行させてもらったのです。
大阪からおよそ2時間、日本の「レザータウン」である兵庫県姫路市へ。
去年の秋以来で、再び姫路です。

X社は親子二代で営まれています。お父さんの方はご高齢ですので、飛び入り参加の私にもニコニコといろんな話を聞かせてくださいましたが、実質的な作業は息子の一郎さん(仮名)がお一人で行なっているようです。
分厚いブル(去勢されていないオス牛)の皮に時間のかかるタンニン鞣しをほどこし、板に釘で打ちつけて伸ばし、ワックスとオイルを手作業で塗り込んで仕上げるまでのほとんどを彼一人の手で行なっているということです。

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今回KIGO内山さんがタンナーを訪問したのは、依頼していたレザーの出来栄えの確認と、今後つくってほしいレザーの要望を伝える目的です。
しかし、通常、ブランドがタンナーと直接取引をするというのは珍しいことです。前回のコラムでも触れましたが、何十枚という革をいっぺんに鞣したとしても、元は動物であった皮はまったく同じように仕上がってくるとは限らず、バラつきが出ます。傷が多いとか、穴があるとか、薬品の浸透具合、色の染まり具合がよくないなどなどです。
だいたい5枚に1枚くらいはやや程度の劣るものが混じってしまうそうですが、「いいのだけよこせ」とやってしまうと、タンナーは圧迫されます。

中には、担当者が他業界からレザー業界に転職してきたために、そのあたりの事情がわからず、闇雲にクレームを入れてきたりしてお互いに不幸せなことになるケースもあるといいます

レザー業界の中でさえそうなのですから、一般消費者は言わずもがなです。ツルッと滑らかでキズひとつないモノ、どれを選んでも寸分違わず同じモノがよければプラスチック製品でいいのではないかと、私などは思います。それはそれでレザーとはまたちがう良さがあるはずです。

スナワチの製品を好んでくださるようなレザーファンの方々には是非、「レザーは元々生き物。一頭一頭個性もあれば、レザーになっても差異はある」という事実を知った上で、あなたと巡り合ったレザー製品を愛してほしいと思います。本当に、愛し返してくれますから。
福沢諭吉は「世の中で一番美しいことは、すべてのものに愛情を持つことです」と説いたそうです。
誰かの判断ではなく、ご自分の眼でその価値を見抜いて大切に使うことが、人間ができうるモノへの愛情表現なのだと思います。

KIGOは、X社に依頼したレザーはすべて買い取って、パートナーとしての関係を築いてきています。
「……というようなレザーに仕上げてほしいんです。カネはいくらかかってもいいですから」
と言う内山さんの横顔を、私は二度見しました。それくらい特別なレザーを求めて、リスクを承知で、X社と顔をつき合わせて商売をしているのです。

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X社の小さな事務所で、内山さんは次々に要望を伝えていきました。
持参したレザーの見本を提示して、
「こういう風合いのレザーをつくってほしい」からはじまり、
「こんな色合い、艶が表現できないか」
「床処理(革の裏面の仕上げ方)をこのように変えられないだろうか」
「厚みを0.5ミリ薄くしてほしい」
などなど、X社にお願いしている様々な革に対する、多岐に渡る要望を子細に打ち合わせます。
一郎さんは、
「ええっとー……、どこから手をつけようかな」
と多少困ったご様子でしたが、きっとなんとかするはずです。プロですから。
私自身は仕事でピンチの時はいつも、「なんとかならなかった仕事はない!」と念じています。

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最後に内山さんは別のレザーを取り出して、こんなこともお願いしました。
「このレザーのにおい、再現できませんか?」
見た目、手触り、硬さ/柔らかさのほか、こんなことにまで叶えたいイメージを持っていることに、私は驚きました。
(なるほど……、においは盲点かも)
「レザーのにおいが好き」という人は多いと思いますが、それはほとんど鞣しで使われる薬剤のにおいです。顔料を使っている革ならラッカー(塗料)のにおいも含むでしょう。
「これは、タンニンを変えてみる必要があるだろうな……」
一郎さんは何度もレザーを嗅いでみて、思案します。
「さて、アレ(企業秘密)を試してみるかねぇ……」
タンニン鞣しの薬剤というのは、国内では合成タンニンかミモザが一般的で、そのほかにチェスナット、ケブラッチョという植物抽出物があります。薬剤の価格も、仕上がりも、それぞれちがうそれらを、どのような配合で、どういう順番で使うかによって、製法は無限にあるわけです。

そこへ丁度よく現れたのが、X社と取引をしている薬品屋さんのおじさん。
事情を聞いて、そのレザーを嗅ぐと即座に言い当てました。
「あぁ、これはxxxのオイルだね(これも企業秘密ですみません)」
つまり、あるタンニンで鞣したあとに、xxxのオイルで加脂されている、と。
「しかしこれ、ヨーロッパはともかく、日本人は嫌がるにおいだけどいいの?」
「構いません。こうしたいです」
内山さんの決意は変わりません。

私はこの日の打合せだけ同席させてもらったので、内山さんの頭の中にどういうレザーの想定と、どんな新製品の構想があるのかは知りません。
しかしまた、唸りたくなるようなレザー製品を生み出してくれるものと思います。いわゆる一般ウケはしないのでしょうが、スナワチは、お客さんがそれを手にした時の「おぉ!」という表情と、使ってからの満足度合を知っていますから。
KIGOの今後にご期待ください。

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生き物の皮を革にする仕事②

「いい革、わるい革というものはない」と、村木さんは言います。
「靴や服や道具など、様々な用途に合う革、合わない革というのがあるだけです」

なるほど。厳密にはもちろん、手抜き作業で鞣された革、手間ひまを惜しまずに製造された革というのがあり、原皮となる動物にも個体差があることは否めないのですが、それも用途に合致しなくては意味がないということです。

彼が主催した革のタンナー見学会の一行は、姫路でふたつ目の会社に向かいました。

「オールマイティ」の水瀬社長は、モスグリーンのレザージャケットを着て現れました。ちょっとワルなにおいを漂わせるダンディーな男性です。
ここは、デザイナーやクリエイターの要望に応えるべく、それぞれが求める革を1枚から鞣し、染色、仕上げまで行なうという珍しいタンナーです。

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前回で述べたように、レザーというのは大量の水を必要として、大きなドラムやピットなど設備を使って作られます。そのため、一回の作業で最低でも50枚、100枚という規模で鞣しをしないと効率が悪いのです。
その50枚にしても、前述のような個体差のために、化学製品のような均一さというのは実現が難しく、バラつきがでます。そこで生じるリスク(ムダ)を背負って卸会社があり、革を1枚から販売する革屋さんがいるわけです。

つまり、通常、革製品を製造販売するアパレルや革作家が、タンナーと直接レザー素材の売買をしているわけではないのです。中には弊社スナワチが扱うKIGOのように、タンナーと逐一相談しながらパートナーとなってブルの革を鞣してもらっているブランドもあります。有名なブーツブランドであるRed Wingは、自社タンナーを持っています。

我々がこの日訪ねたオールマイティは、牛はもちろん、イノシシ、クマ、馬、ダチョウなどどんな皮でも扱うということです。そして、製作者の求めに応じて、相談から試作から完成まで一貫してお付き合いする。製品の後染めや、顔料の吹付け、グレージング(ガラス玉で革を摩擦して艶を出す加工)、バフィング(革の表面を毛羽立たせる加工)にも対応します。
だからオールマイティという社名なのです。

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姫路には「姫路白なめし」という白い革で作られた製品があります。これは県からの伝統工芸品に指定されているものです。

オールマイティでは、「姫山水(ひめさんすい)」という独自の鞣し技術で得た、白なめしを上回る白さのレザーもあります。
水瀬社長曰く、レザーの天然の色というのは、ベージュ色を想像される方がほとんどかと思いますが、革そのままの色というには真っ白なのです。それはそれは、雪のような白さであるということです。
ベージュに見えるのは、タンニンの渋の色で、つまり薬剤の色なんですね。勉強になりました。

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昭南皮革さん、オールマイティさん、お仕事中に見学させていただきありがとうございました。

私(スナワチ代表の前田)が、どうして革が好きなのか、たまに人に尋ねられた際には、
「革は半永久だからです。なんでもがすぐに出来て、すぐに届いて、すぐにダメになる現代において、動物が捧げた命から時間をかけてつくられ、人の頭と手でかたちにされ、手入れさえ誤らなければ半永久的に使えるからです」
と答えます。
模範解答としてはこうです。実際、その通りと頭の中では常に思っていますし。
しかし、心の中をより深く探ってみると、好きな理由は、理屈を超えたなにかとしか言いようがありません。本を読んだり、こうして人のお話を聞いたりすると、好きだった革がますます大好きになります。いつまでも革を触っていたいと思います。
革に限らず、いいモノを持って世界を歩けば、「それいいね」と声をかけられます。それはブランド名とか、ロゴマークではないのです。
好きなものを堂々と使って、自慢してほしいです。

「人がああ言うとかこう言うとか関係ない。自分が好きなハットをかぶれ」
広告会社を辞めてカウボーイをしていた私が、モンタナ州のある場所で教えられたことです。

tabistory.jp

たとえ愛する人であっても、その人の心を所有することはできませんが、愛するモノはそれができる。そして、革はきっと、その愛情に応えてくれます。

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生き物の皮を革にする仕事①

タンナーの見学に行ってきました。タンナーというのは、動物の「皮」を鞣(なめ)して、腐らない「革」にする工場のことです。
大阪は大国町にあるレザークラフトのお店「フェニックス」の村木さんのはからいでの見学でしたが、彼は私(スナワチ代表の前田)が知らなかったことを教えてくれて、いつもお世話になっている「レザー博士」のような人物です。
道中に村木さんから聞いた話や、私がタンナーで見聞きしたことを今回ご紹介します。

向かった先は兵庫県姫路市です。

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ここは、150前後のタンナーが集まった、日本一の革の産地です。イタリアのトスカーナ地方のように、国内ですらそれで有名でないのが残念なことです。

まず伺ったのは主に「ベンズ」を手がける昭南皮革。ベンズというのは、レザーのショルダーとベリー(お腹)を除いたお尻一帯の部分で、滑らかで厚みがあり、線維密度がギュッとつまっているレザーのことを指します。

カービング(模様を彫ること)や、靴底などに使われる丈夫なレザーです。

米国の取引先から仕入れた原皮の倉庫から見せていただきました。
原皮は、牛が牛肉にされたあとに残った皮を防腐のため塩漬けして運ばれます。実は私は、これをカナダの牧場でカウボーイとして働いた時に見た経験があります。
牧場では自分の家族が食べる分の牛は自分たちの手で潰すため、ライフルで撃って皮を剥いで、肉にします。この時、手際よく牛を解体したあとに、足元にはベロリと毛皮が残りました。この肉面に塩をまぶして倉庫に保管しました(写真を載せようと思いましたが、ちょっとグロかったので自粛)。
拙著『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』(旅と思索社)ご参照。

この時点ではまだ「獣」くさいにおいがあり、製品になってしまったあとでは感じにくい、「レザーは元々生き物だった」という事実を否がおうにも思い出させられます。

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いわゆる革のにおいというのはいいにおいですが、あれはほとんど鞣しの際に使われる薬剤のにおいです。レザーに獣くささが残っているような革は、あまり鞣しの質がよくないのではないでしょうか。

原皮はこのような巨大な洗濯ドラムのような装置に入れられて、塩や汚れを落とします。

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次に、石灰水と一緒に回されます。それにより線維が柔らかくなり膨張します。そうやってできた線維の間に、鞣しの成分を浸み込ませるイメージです。
このように、革づくりには大量の水が使われます。村木さんのお話では「革一枚をつくるのに、水1トンがいる」とのことです。そのため、タンナーはたいてい良質の水が得られる川の近くに建てられます。
姫路市では革業界を保護する意味もあり、鞣しで出る排水処理には支援が行われているそうです。「革の町」ならではの取り組みです。

昭南皮革では、タンニン鞣しを行なうので、このようなピット(槽)に長時間漬け込まれます。タンニンというのは、ミモザに代表される植物から抽出される「渋」と思ってください。

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様々に配合されたタンニンに漬けられ、薬剤が均一に浸透するよう、吊った皮は動かされるようになっています。工場の電気を止めてしまうお正月にも、交代で職員がやってきて、棒で押して動かすそうです。

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何ヶ月もかけてじっくりと漬けられるのが、タンニン鞣しのレザーがクロム鞣しに比べて高価な理由です。
*レザーのクロム鞣しとタンニン鞣しに関しては過去のコラムをどうぞ。
ここからさらに、再鞣しや乾燥、仕上げといった、それぞれに気を使う工程がまだまだ続いて、やっと皮が革になります。

このタンニン剤の混ぜ具合、漬け込む順番や期間などが、それぞれのタンナーの秘伝の技法といいますか、企業秘密になっていて、各社の特色を生んでいます。

つまり、ひとつのタンナーがあらゆるレザーを鞣すことができるわけではなく、タンナーごとに得意分野・専門的なノウハウがあって、「うちはこれだ!」という自慢のレザーを鞣しているわけです。

そして、重要なことは、自慢のレザーであっても、扱う相手は前述のように「元々は生き物」ですから、個性もあれば差異もあります。そのため、いつも同じように一定・均一の製品をつくることは難しく、同じように作業を進めても毎回ちがいが生まれてしまいます。その差を極力小さくするのが、タンナーの腕の見せどころでもありますが、限界があります。

しかしながら、レザーは自然素材であるからこそ、レザー製品には文明社会に手懐けきれない神秘性があると私は考えていて、そこがたのしみです。カバンに元からあるキズ、財布にあるシワなどなど。その個性との一期一会を大切にしたいとスナワチは考えています。

いわゆるマーケティングにより「高級」とされた製品たち(と私はあえて書きますが)の多くが何をしているかというと、レザーの表面に顔料塗装をほどこして文字通り「糊塗」したり、型押しによって表情を消しています。そうなると、ほぼ無機質な感触の、ほとんどプラスティックのような“レザー”です。
そうやって、レザーに関して無知でもおカネだけは持った顧客からのクレームを排除しようとしているわけです。

 

昭南皮革の三代目になるという社長は、「うちはこれしかでけへんけど、こういう手間をかけて、この値段で、それでもよければ…、というスタンスでやってきていますねん。むしろ、それがよかったのかも」と、自信をにじませた笑顔を見せました。

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姫路にはもう稼動していないタンナーもそこここにあり、個性と価格のバランスを維持できなかったところは続けられなくなってしまったのです。

生き物だったものが、あなたの持ち物になるという不思議と崇高を、レザー製品を使う度に感じてほしいと、スナワチは願います。

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