sunawachi.com「レザー・コラム」

レザーにまつわるあれこれを不定期で書く、sunawachi.comのコラム

レザーのにおい

2018年2月某日、sunawachi.com でも取り扱う、東大阪のファクトリーブランドKIGOの内山さんとタンナー、X社を訪ねました。KIGOの代表的製品であるブルハイドを鞣すX社と打合せをするというので、私(スナワチ前田)も同行させてもらったのです。
大阪からおよそ2時間、日本の「レザータウン」である兵庫県姫路市へ。
去年の秋以来で、再び姫路です。

X社は親子二代で営まれています。お父さんの方はご高齢ですので、飛び入り参加の私にもニコニコといろんな話を聞かせてくださいましたが、実質的な作業は息子の一郎さん(仮名)がお一人で行なっているようです。
分厚いブル(去勢されていないオス牛)の皮に時間のかかるタンニン鞣しをほどこし、板に釘で打ちつけて伸ばし、ワックスとオイルを手作業で塗り込んで仕上げるまでのほとんどを彼一人の手で行なっているということです。

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今回KIGO内山さんがタンナーを訪問したのは、依頼していたレザーの出来栄えの確認と、今後つくってほしいレザーの要望を伝える目的です。
しかし、通常、ブランドがタンナーと直接取引をするというのは珍しいことです。前回のコラムでも触れましたが、何十枚という革をいっぺんに鞣したとしても、元は動物であった皮はまったく同じように仕上がってくるとは限らず、バラつきが出ます。傷が多いとか、穴があるとか、薬品の浸透具合、色の染まり具合がよくないなどなどです。
だいたい5枚に1枚くらいはやや程度の劣るものが混じってしまうそうですが、「いいのだけよこせ」とやってしまうと、タンナーは圧迫されます。

中には、担当者が他業界からレザー業界に転職してきたために、そのあたりの事情がわからず、闇雲にクレームを入れてきたりしてお互いに不幸せなことになるケースもあるといいます

レザー業界の中でさえそうなのですから、一般消費者は言わずもがなです。ツルッと滑らかでキズひとつないモノ、どれを選んでも寸分違わず同じモノがよければプラスチック製品でいいのではないかと、私などは思います。それはそれでレザーとはまたちがう良さがあるはずです。

スナワチの製品を好んでくださるようなレザーファンの方々には是非、「レザーは元々生き物。一頭一頭個性もあれば、レザーになっても差異はある」という事実を知った上で、あなたと巡り合ったレザー製品を愛してほしいと思います。本当に、愛し返してくれますから。
福沢諭吉は「世の中で一番美しいことは、すべてのものに愛情を持つことです」と説いたそうです。
誰かの判断ではなく、ご自分の眼でその価値を見抜いて大切に使うことが、人間ができうるモノへの愛情表現なのだと思います。

KIGOは、X社に依頼したレザーはすべて買い取って、パートナーとしての関係を築いてきています。
「……というようなレザーに仕上げてほしいんです。カネはいくらかかってもいいですから」
と言う内山さんの横顔を、私は二度見しました。それくらい特別なレザーを求めて、リスクを承知で、X社と顔をつき合わせて商売をしているのです。

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X社の小さな事務所で、内山さんは次々に要望を伝えていきました。
持参したレザーの見本を提示して、
「こういう風合いのレザーをつくってほしい」からはじまり、
「こんな色合い、艶が表現できないか」
「床処理(革の裏面の仕上げ方)をこのように変えられないだろうか」
「厚みを0.5ミリ薄くしてほしい」
などなど、X社にお願いしている様々な革に対する、多岐に渡る要望を子細に打ち合わせます。
一郎さんは、
「ええっとー……、どこから手をつけようかな」
と多少困ったご様子でしたが、きっとなんとかするはずです。プロですから。
私自身は仕事でピンチの時はいつも、「なんとかならなかった仕事はない!」と念じています。

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最後に内山さんは別のレザーを取り出して、こんなこともお願いしました。
「このレザーのにおい、再現できませんか?」
見た目、手触り、硬さ/柔らかさのほか、こんなことにまで叶えたいイメージを持っていることに、私は驚きました。
(なるほど……、においは盲点かも)
「レザーのにおいが好き」という人は多いと思いますが、それはほとんど鞣しで使われる薬剤のにおいです。顔料を使っている革ならラッカー(塗料)のにおいも含むでしょう。
「これは、タンニンを変えてみる必要があるだろうな……」
一郎さんは何度もレザーを嗅いでみて、思案します。
「さて、アレ(企業秘密)を試してみるかねぇ……」
タンニン鞣しの薬剤というのは、国内では合成タンニンかミモザが一般的で、そのほかにチェスナット、ケブラッチョという植物抽出物があります。薬剤の価格も、仕上がりも、それぞれちがうそれらを、どのような配合で、どういう順番で使うかによって、製法は無限にあるわけです。

そこへ丁度よく現れたのが、X社と取引をしている薬品屋さんのおじさん。
事情を聞いて、そのレザーを嗅ぐと即座に言い当てました。
「あぁ、これはxxxのオイルだね(これも企業秘密ですみません)」
つまり、あるタンニンで鞣したあとに、xxxのオイルで加脂されている、と。
「しかしこれ、ヨーロッパはともかく、日本人は嫌がるにおいだけどいいの?」
「構いません。こうしたいです」
内山さんの決意は変わりません。

私はこの日の打合せだけ同席させてもらったので、内山さんの頭の中にどういうレザーの想定と、どんな新製品の構想があるのかは知りません。
しかしまた、唸りたくなるようなレザー製品を生み出してくれるものと思います。いわゆる一般ウケはしないのでしょうが、スナワチは、お客さんがそれを手にした時の「おぉ!」という表情と、使ってからの満足度合を知っていますから。
KIGOの今後にご期待ください。

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