sunawachi.com「レザー・コラム」

レザーにまつわるあれこれを不定期で書く、sunawachi.comのコラム

生き物の皮を革にする仕事①

タンナーの見学に行ってきました。タンナーというのは、動物の「皮」を鞣(なめ)して、腐らない「革」にする工場のことです。
大阪は大国町にあるレザークラフトのお店「フェニックス」の村木さんのはからいでの見学でしたが、彼は私(スナワチ代表の前田)が知らなかったことを教えてくれて、いつもお世話になっている「レザー博士」のような人物です。
道中に村木さんから聞いた話や、私がタンナーで見聞きしたことを今回ご紹介します。

向かった先は兵庫県姫路市です。

f:id:sunawachi_leather:20171124233425j:plain


ここは、150前後のタンナーが集まった、日本一の革の産地です。イタリアのトスカーナ地方のように、国内ですらそれで有名でないのが残念なことです。

まず伺ったのは主に「ベンズ」を手がける昭南皮革。ベンズというのは、レザーのショルダーとベリー(お腹)を除いたお尻一帯の部分で、滑らかで厚みがあり、線維密度がギュッとつまっているレザーのことを指します。

カービング(模様を彫ること)や、靴底などに使われる丈夫なレザーです。

米国の取引先から仕入れた原皮の倉庫から見せていただきました。
原皮は、牛が牛肉にされたあとに残った皮を防腐のため塩漬けして運ばれます。実は私は、これをカナダの牧場でカウボーイとして働いた時に見た経験があります。
牧場では自分の家族が食べる分の牛は自分たちの手で潰すため、ライフルで撃って皮を剥いで、肉にします。この時、手際よく牛を解体したあとに、足元にはベロリと毛皮が残りました。この肉面に塩をまぶして倉庫に保管しました(写真を載せようと思いましたが、ちょっとグロかったので自粛)。
拙著『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』(旅と思索社)ご参照。

この時点ではまだ「獣」くさいにおいがあり、製品になってしまったあとでは感じにくい、「レザーは元々生き物だった」という事実を否がおうにも思い出させられます。

f:id:sunawachi_leather:20171124233934j:plain


いわゆる革のにおいというのはいいにおいですが、あれはほとんど鞣しの際に使われる薬剤のにおいです。レザーに獣くささが残っているような革は、あまり鞣しの質がよくないのではないでしょうか。

原皮はこのような巨大な洗濯ドラムのような装置に入れられて、塩や汚れを落とします。

f:id:sunawachi_leather:20171124234027j:plain


次に、石灰水と一緒に回されます。それにより線維が柔らかくなり膨張します。そうやってできた線維の間に、鞣しの成分を浸み込ませるイメージです。
このように、革づくりには大量の水が使われます。村木さんのお話では「革一枚をつくるのに、水1トンがいる」とのことです。そのため、タンナーはたいてい良質の水が得られる川の近くに建てられます。
姫路市では革業界を保護する意味もあり、鞣しで出る排水処理には支援が行われているそうです。「革の町」ならではの取り組みです。

昭南皮革では、タンニン鞣しを行なうので、このようなピット(槽)に長時間漬け込まれます。タンニンというのは、ミモザに代表される植物から抽出される「渋」と思ってください。

f:id:sunawachi_leather:20171124234257j:plain


様々に配合されたタンニンに漬けられ、薬剤が均一に浸透するよう、吊った皮は動かされるようになっています。工場の電気を止めてしまうお正月にも、交代で職員がやってきて、棒で押して動かすそうです。

f:id:sunawachi_leather:20171124234333j:plain


何ヶ月もかけてじっくりと漬けられるのが、タンニン鞣しのレザーがクロム鞣しに比べて高価な理由です。
*レザーのクロム鞣しとタンニン鞣しに関しては過去のコラムをどうぞ。
ここからさらに、再鞣しや乾燥、仕上げといった、それぞれに気を使う工程がまだまだ続いて、やっと皮が革になります。

このタンニン剤の混ぜ具合、漬け込む順番や期間などが、それぞれのタンナーの秘伝の技法といいますか、企業秘密になっていて、各社の特色を生んでいます。

つまり、ひとつのタンナーがあらゆるレザーを鞣すことができるわけではなく、タンナーごとに得意分野・専門的なノウハウがあって、「うちはこれだ!」という自慢のレザーを鞣しているわけです。

そして、重要なことは、自慢のレザーであっても、扱う相手は前述のように「元々は生き物」ですから、個性もあれば差異もあります。そのため、いつも同じように一定・均一の製品をつくることは難しく、同じように作業を進めても毎回ちがいが生まれてしまいます。その差を極力小さくするのが、タンナーの腕の見せどころでもありますが、限界があります。

しかしながら、レザーは自然素材であるからこそ、レザー製品には文明社会に手懐けきれない神秘性があると私は考えていて、そこがたのしみです。カバンに元からあるキズ、財布にあるシワなどなど。その個性との一期一会を大切にしたいとスナワチは考えています。

いわゆるマーケティングにより「高級」とされた製品たち(と私はあえて書きますが)の多くが何をしているかというと、レザーの表面に顔料塗装をほどこして文字通り「糊塗」したり、型押しによって表情を消しています。そうなると、ほぼ無機質な感触の、ほとんどプラスティックのような“レザー”です。
そうやって、レザーに関して無知でもおカネだけは持った顧客からのクレームを排除しようとしているわけです。

 

昭南皮革の三代目になるという社長は、「うちはこれしかでけへんけど、こういう手間をかけて、この値段で、それでもよければ…、というスタンスでやってきていますねん。むしろ、それがよかったのかも」と、自信をにじませた笑顔を見せました。

f:id:sunawachi_leather:20171124234857j:plain


姫路にはもう稼動していないタンナーもそこここにあり、個性と価格のバランスを維持できなかったところは続けられなくなってしまったのです。

生き物だったものが、あなたの持ち物になるという不思議と崇高を、レザー製品を使う度に感じてほしいと、スナワチは願います。

sunawachi.com